やっぱり嘘は罪『永い言い訳』

It’s a sin to tell a lie.

 Before COVID19。新型ウィルスが感染流行する前の世界。以前の夜遊び(つい、一年前の世界なんですが)が懐かしいです。ほろ酔い気分でのカラオケは、生活の張りでした。
 僕の地元、大阪ではブルースの文化が根付いていて、スナックでは先輩方が抜群のグルーヴ感を醸して、ディープに歌っている場面に出会うことが多々あります。とりわけ、有山じゅんじさん、上田正樹さん、木村充揮さんの曲は、盛り上がります。

 コロナ禍でステイ・ホーム、誰にも会わずに人恋しくなると、憂歌団の木村さんが歌う『嘘は罪(It’s a sin to tell a lie)』を聴きながら、ウィスキーを一杯やりたくなる
『嘘は罪』の歌詞の最後のフレーズ。
この歌詞の投げやりな「好き」の一言に男の嘘と本音が見え隠れする。
 ツカズ・ハナレズの『男と女の距離問題』について、酒場の大先輩の方々のご見解を是非に賜りたい所存です。

そういう俺を君はとても信じてくれない
ひとこと「好き」だと言えばいいのか
やっぱり 嘘は罪

歌:憂歌団、作詞・作曲:Billy Mayhew


西川美和監督『永い言い訳』

さて、映画の話です。


自尊心(いじらしい程の男のプライド)の枠を超えて、「ゾッとする」ほどに自意識過剰な男が主人公である映画を昨日観ました。
 翌朝、「この男の自意識の源泉は何なのか?」について頭を巡り、整理がつかなくて、その妙な余韻がまだ尾を引いています。

その尾を引く映画とは、2016年公開の西川美和監督の『永い言い訳』です。


自意識が邪魔をする男『幸夫』

自意識過剰な男(津村啓、本名:衣笠幸夫)、小説家を演じるのは本木雅弘さん。

男の名は、「ペンネーム:津村啓、本名:衣笠幸夫」。
その男は、知的でお洒落でハンサム。
気配り上手の優しい小説家。
お茶の間で人気のテレビ・コメンテーター。
表向きには野心家の顔を微塵も見せずに立ち振る舞う。
誰もが一目で彼を好きになる。

あっけらかんとした、大らかな自由な男に見える。

がしかし、他人の目線から離れ、一人きりになると、自意識が過剰に溢れ出る。

タクシーの後部座席に深く腰掛ける。バックミラーに映る自身のルックスを誰にも悟られずにチラリ目線で確認する。
「イケてるかも。みんなから俺はどう見られている?」と心で呟き、眼鏡のフチに手をやる。

帰宅すると無意識にGoogleでエゴサーチに走る。
「俺の評判は、まんざらでも無いらしい」と一人安堵する。


静観する妻『夏子』

この男には勿体無いほどにdecentな妻の夏子の役は、深津絵里さんです。

外面の良い夫「津村啓≒幸夫」への妻の目線

自意識過剰が彼の良さを邪魔する。
悪人ではない。愚かでもない。

自分以外のことに興味が持てないだけである。
そのことで小さな失敗を積み重ねていることに、まだ彼は気がついていない。

夫に対する妻の心眼は紛れがない。
しかし、そのことを彼女は決して口に出さない。

顔にも出さない。彼女は、沈黙し、静観する

スクリーンのこちら側で見ている夫サイドに立つ僕は、この部分に「ゾッとする」。映画を見終わって、僕は自分の胸に手を押し当てる。
これまでの妻に対する自分の素行と自意識過剰ぶりを思い返す。

いったい全体に妻の沈黙は、「優しさ」なのか「あきらめ」か「逆襲を待ちわびる」ものか、背中に冷や汗がにじむ。

この感情の揺れが、映画鑑賞後の男ども(僕を含めて)をザワつかせる要因だと思います。

最高のフィルム・ノワール

 映画の前半は夫婦の物語です。既婚者にとってはヒリヒリするかもしれません。
 しかし、後半は二つの家族が一つの家族になる「一つ屋根の下」的な愛情物語です。
 幸福でもそうでなくても、誰にも子供時代がある。
西川監督の丁寧な家族風景の描写により、自分自身の子供時代の記憶が蘇る。
幸福だったけれど内面は深く傷つきっ放しだった僕の子供時代の居心地の悪さが鮮明にフラッシュバックする。

 誰も傷付けまいとヘラヘラしながら、家族に遠慮して生きてきたのに、「お前は何を考えているか分からない」と親から突き放される。
小学六年生の長男「慎平」が昔の自分と重なって、必死に涙をこらえた。

 映画を見ながら、泣くまいと頑張った。自意識が邪魔をした。

 映画に漂う「食卓での日常」や「たわいの無いセリフ」のひとつひとつが、ノスタルジーと自己嫌悪に重なり合って、不思議で複雑な正体不明のモヤモヤしたテンションに陥り、次第に懐かしさに引き込まれます。

僕にとって、正体不明の最高の「フィルム・ノワール映画」です。

西川監督の映画は、物語の展開はシンプルで、映画評を読むと「なーんだ、そんな感じのお話なんだ」と思われがちです。

ですから、ここでは映画のあらすじは、ご紹介しません。

是非、本作をご覧ください。
アマゾン・プライムでも動画配信しています。

ツノムラ
ツノムラ

二人の大切な人を不慮の事故で亡くす物語です。辛い映画です。
死は生者の中で生き続け、忘れることはできません。
私見ですが、ご家族を亡くされた方やお子様にはあまりお薦めできません。


最後に僕の気になるポイントを紹介させてください。

自分でケリをつける

西川美和監督の作品の好きなところは、主人公は「最後は自分でけりを付ける」ことです。
『ディア・ドクター』の笑福亭鶴瓶さん、『夢売るふたり』の阿部サダヲさん、彼らは根っからの悪人では無いが、少し愚かである。
愚かさが人を傷つけたかもしれない。であれば、償わなければならない。

しかし、「誰も傷をつけてないなら、償わなくてもいいんじゃね?」とも言いたくなる。

登場人物の善悪の複雑さ。見ているこちら側は、白黒をはっきりさせたく無いと感じる正体不明のモヤモヤ。
でも、彼らは最後に償う。正しい結末だったのか?

誰かと話したくなるのが西川作品の魅力です。


竹原ピストルさんの静かな凶暴性

本作におけるもう一つの家族の父親「大宮陽一」を演じる竹原ピストルさんは、チビリそうになるくらい恐ろしい。

 巨漢で拳が大きい。暴力で何でも解決しそうな風貌(すいません、僕の偏見)。単純明快で一直線の思考。
 自分は常に正直で、嘘をつかない。そして、他人の嘘に不寛容で、一切に許すすことができない。

だから、嘘だらけの幸夫(本木さん)をいつに殴り倒すか?
僕は、ヒヤヒヤしながら見ていました。取り返しのつかない結末になればどうしようと思いながら。


汝は妻の携帯を開くこと勿れ

男は小さな嘘をつく。
いじらしい自尊心ために。多分…僕も含めて。

女は大きな嘘をつく。
誰かを傷つけないために。多分…。知らんけど。

だから、妻の本音を綴った日記やブログ、ましては携帯電話など絶対に触れてもいけなし、パスワードを解読して開いてもいけない。しかし、主人公の幸夫こと本木さんは、妻の携帯を開いてしまう。

頓馬である。

そこに、幸福など見出せるはずもない。
男女問題研究所の研究員に憧れる身として、僕なりに忠告します。

『汝は妻の携帯を開くことなかれ』

最後に、第二次ベビーブーム世代(1970年〜75年生まれ)の僕らにとって、深津絵里さんは女神(ミューズ)です。ただただ、憧れの存在です。

どれだけ長く見ていても時間を忘れる美しい存在です。
それだけでも、本作は素晴らしい映画でした。

明日は平野部でも雪がちらつくかも。
暖かくして、おやすみなさい。

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